「鍵盤下部雑音」の真実
あなたは「鍵盤下部雑音」
という言葉をご存知でしょうか?
「鍵盤下部雑音」とは、
鍵盤を底まで押し下げた際に
鍵盤と鍵盤の下部のパーツとの間で鳴るわずかな衝突音のことです。
ピアノの教育現場では、
この下部雑音は「しっかり鳴らすべきだ」とする説と、
「一切排すべきだ」とする説とが存在します。
あなたは、どちらの考えのもと弾いていらっしゃるでしょうか?
それとも、そんなこと考えたこともない?
下部雑音議論へ終止符を
まず、この下部雑音の有無による
感覚的な差を申し上げると、
多すぎると、うるさく感じるが
全く無いのは、物足りなく感じるはずです。
なぜか。
この雑音こそが、
ピアノの音の変化の重要な要素のひとつであるからです。
ピアノは本来凄まじいほどの
表現力を持った楽器です。
アコースティックの楽器が持ちうる
表現力の限界まで到達しているといっても
過言ではないかもしれません。
下部雑音はその重要な表現力のひとつで、
これを一辺倒に鳴らしまくるのも、
まったく使わないのも、
ピアノの表現の幅のほんの一部しか使わないことになり、
非常にもったいないことです。
下部雑音による「表現」とは?
ピアノの音の変化の重要な要素のひとつと申し上げましたが、
では下部雑音によって音の何が変化するのか。
弦の長さが音高を支配し、
弦あるいは響板その他の振幅が音量を支配し、
弦振動における倍音構成が音色を支配するなら、
下部雑音は何を支配するのか。
それは、音の「輪郭」 あるいは「立ち上がり」
というものです。
(※これらは下部雑音のみによって決定する性質ではありませんが)
下部雑音の含まれる音は、
輪郭のはっきりした明瞭な印象を与え、
下部雑音の含まれない音は、
輪郭が曖昧で柔らかな印象を与えます。
私はこの下部雑音を、
言語における「子音」の役割に例えてみたいと思います。
強く明瞭に話したいとき、
あなたは子音をはっきりと強めに発音はずです。
逆に優しく穏やかに話したいとき、
あなたは子音を弱めに発音するでしょう。
下部雑音の強さ≠音量
下部雑音は音量とは相関関係がありません。
つまり、ピアニッシモでも下部雑音を意識的に鳴らせば
輪郭のはっきりとした明瞭なピアニッシモになりますし、
フォルテでも下部雑音を鳴らさないようにすれば(難しいです)
輪郭の曖昧な柔らかなフォルテになります。
小さな声で囁きながら、
なお子音は明瞭に発音する様子は、
緊張感のある場面に相応しい喋り方だとは思いませんか?
逆に大きな声でも子音を弱めに発音する様子は、
大らかで牧歌的なイメージが連想されるでしょう。
もちろん、ピアノにおいては
この子音を全く出さないということも可能なのです。
喋らせたくない音には、
下部雑音を排す弾き方が相応しいです。
例えば伴奏のアルペジオや装飾の素早いパッセージなどは、
基本的に喋らせる必要のない音たちです。
そういう音たちは、脇役らしく
背景に回って欲しいもの。
下部雑音を排した輪郭の曖昧な音は
彼らにこそ相応しいものです。
また、ひとつの声部、ひとつのフレーズの中でも、
言葉によって子音の発音が当然変化するように、
下部雑音の使い方も変化してしかるべきだということを忘れてはいけません。
一番言いたいのは!
ここまでで「鍵盤下部雑音」が
ピアノの表現力の一部であるということは
ご理解いただけたかと思います。
しかるに蛇足ながら
最後にひとつ申し上げておきたい。
演奏表現において最も重要なのは、
音楽そのものであって、それ以外の何者でもありません。
手の形がどう、
鍵盤の押し込みかたがどう、
身体の使い方がどうだ。
そんなことは究極
どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでもいいのです。
みんな大好きグレン・グールドをみてくださいよ!
あんな姿勢であんだけ素晴らしい音楽を
奏でているんですよ!
自分の鳴らしている音楽はどうであるのか。
そして本当はどんな音楽がやりたいのか。
それをとことん追求してください。
そのことさえ忘れなければ、
奏法は間違った方向には絶対に向かいません。
「正しい奏法」とは
重ねて蛇足ながら!
正しい奏法とは
「良質な音楽を演奏することのできる奏法」
のことを言います。
当然この「良質な音楽」は
価値観によって変わってきます。
だから価値観によって「正しい奏法」
も変わってきます。
「下部雑音否定主義者」にとって
下部雑音のない音楽こそが「良質な音楽」なのであれば、
それはそれで「正しい奏法」なのです。
ここで重要なのは、「良質な音楽」の概念なしに
「正しい奏法」は在り得ないということです。
あなたにとって「良質な音楽」とは
どんな音楽ですか。
まずはそれをご自身の中で確立されることです。
それさえできれば、奏法なんて考えなくても
勝手に身体が「正しい奏法」を実践してくれます。
音楽がわからないのなら、
聴きなさい。
歌いなさい。
楽譜を読みなさい。
これが「正しい奏法」を会得するための、
一番確実な方法であることを私は疑いません。
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